昼夜逆転フリーターの苦悩

混まない電車

 

 フリーターの僕の生活は15時から始まる。携帯のアラームと時計を15時にセットしているから、数秒の時間差はあるものの二つのアラームが僕を起こしてくれる。やれやれ、今日も一日が始まった。しかし、窓からこぼれる陽光に力はない。30分で身支度を整えて最寄り駅までてくてくと歩く。

 電車が混むことは、まずない。この時間に出勤する人間なんて世の中に多くはない。もしかしたら5%もいないかもしれない。また土日祝日もお盆も年末年始も出勤していたから、休日の彼ら彼女らの楽しそうな表情があまりにも輝かしくて直視できなかった。僕たちは自分が人生の主人公の気持ちでいるけれど、他人からすればどうだっていい奴の一人でしかない。でも、やっぱり「この時間に出勤している僕ってどういう風に思われているのかな」なんて考えてしまう。

 タイムカードを切る音が好きになれなかった。縦長の紙を機械の上部に差し込むと勢いよく吸い込まれる。時間が刻印されて紙がにょきっと生えてくる。時給という概念は不思議である。僕たちの人生について、1時間ごとに区切って「金」に換算した価値を決定づけてくるのだから、社会というものは興味深い。別にそれが嫌だとか、社会が間違っているとかを言いたいのではない。それに対して「興味深い」と思ったことに気づいた自分を笑っているだけだ。

 

Y=1

 

 フリーターとしての僕の仕事は、別に大したものではない。頭脳労働なんて言葉があるけれど、全くもってそれの逆の仕事をしていた。接客業だけれど慣れれば頭を使うことなんでどんどんなくなってくるし、ある種の慢心によって時間の経過も早くなる。毎日同じような光景を見ているから、「嫌だなぁ」なんて思うこともなくなる。日記をつけるならば「〇時から〇時まで働いた」という、たったそれだけの言葉で完結するくらいには、面白みのない仕事になっていた。

 でも、どんな気持ちで働いても、どんなに頑張っても、時給は下がりもしないし上がりもしない。昇進もなく降格もない。それがフリーターというものである。ただ、僕がそこで正社員を目指していなかったというのも要因だろう。もちろん時給が上がるような職場もあるけれど、僕が2年いた間に、時給が上がったという人を一人も知らない。上がったことをわざわざ言う人がいないということなのかもしれないが。

 店が閉まり、終礼が終わってタイムカードを切る瞬間を嬉しく思わなくなったのはいつからだろうか。最初の頃は「ようやく終わった」なんて思いながら嬉々として制服から着替えたけれど、いつしか何の感情の起伏も湧いてこなくなった。昨日と今日と明日の区別はない。タイムカードが日ごとに黒くなっていくだけで、僕は何の成長も感じられない。昨日よりも今日が、今日よりも明日がより良いものになるから、僕たちは希望を感じるのではなかろうか。仕事に慣れてからは、棒グラフでいえば「Y=1」みたいな線がどこまでも伸びている心理状態で、それはいつになっても終わりのない数学上の厳密な定義の「直線」のように感じられた。真っ暗な、トンネル。

 

朝の9時に寝て、昼の15時に起きる

 

 家に帰るころには日付が変わっている。実家暮らしだから、最初に冷たい湯舟を「追い炊き」するところから始まる。その間に母が少し置いてくれている晩御飯の残りを、電子レンジで温める。台所の床に胡坐をかいてそれを食べながらYouTubeをよく見ていた。

 

「お風呂が沸きました」

 

 風呂から上がって自分の部屋に入るころには既に1時になっている。ANNが1時から始まるから、一時期自分の好きなパーソナリティのそれを心待ちにしていた。ラジオを聴きながら、あるいは音楽を垂れ流しながら資格の勉強をするのが僕の夜だった。時折勉強が嫌になってベッドで横になってYouTubeだけを見ることもあるけれど、どうしたって今の生活に不安を感じてしまって、そんな気の迷いを振り切って一心に机に向かった。これほどのやる気をあの頃に使っていれば、と何度も思ったけれど、そんなこと言ったって何の解決にもならないし、僕の引き出しはタイムマシンじゃないし、押し入れに青いタヌキもいない。

 気づいたら太陽が昇ってくる。日の出の時間で季節を感じることができるので、それが少しだけ楽しかった。僕の一番好きな時間は夏の4時だけど、これを共有できる人は少なくとも僕の友達に一人もいない。でも、まだ僕は寝ない。まだまだ勉強は半ばで、朝の9時に寝るから、あと数時間はテキストを読んだり問題を解いたりすることが出来る。

 そう、僕は朝の9時に寝て、昼の15時に起きる。もちろん、バイトが終わってすぐ寝ればいいのだけれど、出勤時間という強制力に合わせて生活するためには、起床時間を15時にする他なかった。出勤で電車に乗る彼女と就寝しようとベッドで横になる僕は、よく朝に連絡を取っていた。彼女が一生懸命働いている間に僕はすやすや寝ていて、彼女がすやすや寝ている間に、僕は一生懸命勉強していた。そんな生活が2年以上も続いたのは本当に不思議なことである。