僕と谷口さんと、「人生オワタの大冒険」の話

僕はジャニーズには入れない

 

 おこがましい話だけれど、僕たちは誰かと関わるときに、自然と色々な指標でその人を推し量っている。パワプロのように完璧に数値として現れるわけではないけれど、意図せずとも「○○さんは△△な人だ」みたいな印象をそれぞれがそれぞれに持っている。ちなみに、好きの反対は無関心なんてよく言うけれど、無関心というのは意識の範囲外の、描画範囲内のモブキャラのような存在に対して抱く感情だから、その説は非常に的を射ている。

 そして誰かがぐるっと鉛筆で引いた意識の範囲内に入ってしまった僕たちは、その人によって何かしらの評価の「ラベル」が張られている。鏡で見た自分の背中にそのラベルは一枚も張られていないようであるが、これは紛れもない事実だろう。かっこいい、かわいい、やさしい、面白い。ブサイク、怖い、つまらない。もちろん他人の評価というものを気にしてばっかりでは精神を病んでしまうけれど、そのすべてを無視するというのはあまりにも無理な話である。

 僕は周りの人からどう思われているのか、時々気になって仕方がないことがある。自転車に乗りながら鼻歌を歌っていたらすぐ後ろに追走する人の姿を見て恥ずかしくなってペダルを全力で漕ぐ、みたいなそういう経験だけにとどまらず、何気ない会話ややり取りの中で突然そのことが頭の中を支配する経験は少なくない人にあると思う。

 

 外見で人を判断することは最も手っ取り早くて、だからこそ厄介な部分でもある。別に容姿についてだけではなく、身だしなみや立ち振る舞いだけで僕たちはその人に対して第一印象としての評価を下す。『人は見た目が9割』なんて新書を昔読んだが、ただの著者の感想に終わらない興味深い内容だったのでオススメしたい。

 僕含め、世の中の多くの人はジャニーズに入れないし、つんく♂秋元康に「君、いいね」とは声を掛けられない人たちばかりなのは周知の事実である。だからこそ選ばれた彼ら彼女らに「価値」がある。そして、そんな選ばれなかった僕たちが出来ることと言えば、服装などの身だしなみを調えるのに加えて、「優しいね」と言われることを目標に生きていく選択肢が提示されている。僕はこの選択肢を強烈に支持していて、もちろん時として人間臭い直球の感情に支配されることもあるが、意識して日常生活のなかで実践しようとしている。

 裏を返せば「あいつは嫌な奴だよね」と思われたくないと誰しもが思うということだろう。もちろん好むと好まざるとに関わらず、仕事上「嫌われ役」を引き受けなければいけないという損な役回りにため息を吐く人もいる。少なくとも最適解は果たしてどこにあるのかと悩むとき、最初からわざわざ茨の道を通ることを考える人は少数派で、だからこそ彼らが改革派として手腕を発揮するんだとも思う。ただ、僕にはあまりにも荷が重くて、どうしたって「優しさ」の一手に舵を切るしかない。その過程でも多少の切り傷を体の至る所に作ることはままあるが、致命傷にはならないというのが何より僕を安心させる。

 

僕と谷口さんと、「人生オワタの大冒険」の話

 

 小学6年生の頃、出席番号が僕の一つ後ろの女の子がいじめられていた。出席番号は名前順で、例えば僕が「田中」だとすると、彼女は「谷口」みたいな並びだったので、便宜上の仮称として彼女を谷口さんだとする。谷口さんは正直に言うと可愛くはなかった。かなり目が悪かったみたいで、対面すると眼鏡の端が輪郭をかなり歪ませていたのが少し気になった。僕は中学からびっくりするぐらい視力が低下して眼鏡になり、大学3年生でコンタクトデビューをした。ただ、当時は「レンズで輪郭歪んでんなー」なんて無礼なことを考えてしまっていた。

 いじめられていた、といってもボコボコにされたり、持ち物を盗まれたみたいな過激なものではなくて、ある日を境にクラスの女の子たちと会話をしなくなってしまったのだ。谷口さんに「いじめられているの?」なんてわざわざ聞くような馬鹿な真似はしなかったけれど、少なくとも彼女が誰かと親しげに話している姿を見かけなくなったのは事実だった。気になって彼女のことを目の端で追っかけてみても、休み時間も学校が終わってからも、彼女はひとりぼっちだった。

 僕は広く浅く友達を作りたいタイプだったので、とにかくクラスのいろんな人とコミニュケーションを取っていた。無理にはしなかったが、女の子たちとも時折話していて、僕の「おしゃべりリスト」には男女関係なく多くの名前があった。ただ、そのなかに谷口さんの名前は入っていなかった。あんまり自分から積極的に話すタイプではなかったようで、僕もそれを尊重してわざわざ言葉を投げかけることをしなかった。そもそも性別が違う、というのがやっぱり理由として大きいだろう。

 

 ただ、僕は誰とも話さない谷口さんの姿を見て、心を痛めないわけにはいかなかった。本当のところ、彼女にわざわざ話しかけて、他の女の子からそのことを指摘されるのが怖かった。もしかしたらいじめられてない可能性もあったけれど、とにかく何かしらの火種になりうるだろうということは明らかだった。僕はマザー・テレサではない。美しく清い、言い換えると「裏の無い」慈愛の精神は今でも残念ながら手にしていない。だから僕は、自分の身の安全を確保しながら、何かできることはないだろうかと模索した。

 別に放っておくこともできた。クラスのみんながしているように、何も感知しない、興味がない、という姿勢でいわば意識の外に追いやることは簡単にできた。だけど、谷口さんが僕の意識に入り込んだとき、彼女の置かれている状況や心情をくみ取る他なかった。だから、僕はこっそり話しかけることにした。

 クラスは時折席替えが行われていたのでずかずかと近づいて話すことはできなかったが、移動教室では名前順で並ばされることが常だったので、僕の隣にはいつも谷口さんがいた。初めて僕が彼女の話し掛けたのは、確か「情報」みたいな授業で、パソコンに向き合っているときだった。別になんてことはない話題で、フィルタリング(有害だと判定したサイトを自動的にはじく機能)の範囲内で楽しめるサイトを彼女に色々見せて、「これ面白いよ」と小声で伝えて、「人生オワタの大冒険」をプレイしてみせた。ちなみに今はAdobe Flash Playerがサービス終了したので遊ぶことはできない。

 

 谷口さんはかなり真面目な人だった。宿題や持ち物を忘れたところは見たことがないし、勉強もできる方だった。だけど、僕が話しかけたら、はっとした顔をして彼女も先生の目を盗んで同じようにそのサイトを開いてくれた。ただ、僕の画面にもう一方の隣の奴が気づいて、そいつが周りに「人生オワタの大冒険」を言いふらして、クラス中に一大ムーブメントを起こしてしまった。結局先生にばれてしまって二度としないようにとの注意がなされたことはお察しのとおりである。

 それからというもの、移動教室で小声で話す仲になった。多分だけど彼女も自分の立場を理解していて、僕に迷惑が掛からないように(考えすぎだろうか)小声で他愛もない話をした。小学校6年生だったので卒業式の練習みたいなのがあったけれど、パイプ椅子に座ってずっと話しかけられていたのを覚えている。流石に先生に怒られたくなかったので、あまり会話に乗り気になれなかったが、彼女はしきりに僕に話し掛けてきた。そんな関係は卒業するまで続いた。

 

優しさのオールを手に

 

 時々僕は谷口さんのことを思い出す。彼女のことが一人の女の子として好きだったわけではないが、話しているうちに面白い子だなぁなんて思って、僕も結構楽しかった。クラスの教室ではほとんど話すことはなかったけれど、僕のこの行為が完璧な解答だったとは言えないにせよ、部分的に彼女にとっての救いになっていたとするならこんなにうれしいことはない。

 なぜ僕は人に優しくありたいのか。それは多くの部分で自分にとって不都合がなくなるように、人間関係を良好なものにするためだったりする。それはどこまでも打算的でただの策略としか呼べない、恥ずべき行動だろう。人にどう評価されているのか、というのを気にするのは他人の気持ちを推し量っているように見えて、結局は自分自身のことについて考えているだけに過ぎない。

 ただ、時として僕の心の奥深くの、原初の優しさ(XSサイズ)が訴えかけてくることがある。見捨てられない、見過ごせない。自分の打算的な部分と本能的な確信が時としてバチバチにぶつかり合って心の中に一種の葛藤を生み出す。損得ではなくて、優しさというオールを手に、小舟を漕ぐ人生でありたい。